インタビュー

江戸時代から続く伝統と確かな技術を受け継ぐ。自社精製による漆にこだわった作品作り。

伊藤 寛茂Hiroshige Ito
伊藤寛司商店

創業以来、木と自社精製による漆にこだわった日常生活に合う漆器を、築百数十年経った土蔵の中で作り続けております。オリジナルカラーである「古代あかね塗り」は鮮やかに赤く染まった茜空を借景し、使い込む程に艶が増していきます。

インタビューに答える伊藤さん

江戸時代から続く家業を継ぐため、地元へ戻ってきた。

伊藤寛司商店の外観

昔からの土蔵が残る店を継いでいると伺っています。

私自身は東京でサラリーマンをしてから、20代後半でこちらに戻って塗師を続けてきました。うちは中山道沿いの現在の地に構えたのが明治時代です。江戸時代に創業したと聞いている本家から引き継いでいます。店舗裏にある土蔵は明治44年に建てられていますが、今でも工房として現役で使用していますね。コロナ禍で最近は人が少ないですが、こちらに足を運んで、工房を見て購入したいという方も多くいらっしゃいます。見学も可能ですので、お声がけくださいね。

「天日手黒目(てんぴてくろめ)」について教えてください。

漆を精製するには、樹液から木クズなどを取り除いた生漆(きうるし)から、水分を蒸発させる黒目(くろめ)という作業をします。今は機械で行うことの多い黒目ですが、うちでは天日に当てながら、すべてを手作業で行う「天日手黒目」で漆をつくっています。

9~10月の天気のいい日を見計らって、1年分の漆を1日で完成させます。天日に当てていくうちに、乳白色から濃い色へと変化していきますが、温度が上がりすぎると漆の中の酵素が破壊されてしまうので、長年の勘を必要とする繊細な作業です。

機械に比べると肉持ちがよく、ツヤもおさえられて、しっとりとした肌触りに仕上がるんだよね。当店で上塗りに使用している漆は、すべて天日手黒目で精製したものです。

作品づくりをする伊藤さん
天日手黒目にて精製した漆を使って、上塗りした漆器。

3年の試行錯誤を経て、できたオリジナルの漆。

オリジナルの漆「古代あかね塗(こだいあかねぬり)」について教えてください。

ツヤをおさえた暗い朱色は、使いこんでいくうちに、ツヤが増して明るくなるんだよね。その様子を、徐々に明るさを増していく茜空にちなんで「古代あかね塗」と名づけました。

開発は、当時卸していたデパートのバイヤーから「毎日の食卓に似合う、従来の朱色より落ち着いた色合いの漆器ができないか」と相談されたことから始まりました。先代と叔父が3年ほどの試行錯誤を経て、完成させています。

日本でも、中国産の漆が使用されることが多い現状ですけれど、このあかね塗の上塗りの持つ、特徴的な色と丈夫さは、日本産だからこそ実現できたものです。経年変化を楽しめるような強い漆にすることが、とても難しかったと聞いていますね。

日本産の漆は、手触りも口触りも柔らか。 

伊藤寛司商店 店内の様子

日本産の漆の魅力はなんでしょうか?

食器を手で口元に持っていく日本食は、五感で食すものだと思っています。だから色合いだけでなく、手触りや口触りも柔らかいものがいい。日本産の漆だと、それが叶うんだよね。お客さんから、古代あかね塗でパスタ皿を作ってほしいと依頼があって、後に商品化したのですが、高級料理店でも評価をいただいて使ってもらっています。最近では、塗り重ねるすべての漆が日本産であることを希望するお客さんもいらっしゃるので「和塗(わと)」という名前で、純日本産の素材だけで器なども作っていますね。そんな漆ファンの方に支えられながら、ここまでやってこれているので、感謝の気持ちで一杯です。